『うしなった』わけは……
著者:高良あくあ


*悠真サイド*

「痛てっ」

 そこまで何とか記憶を整理すると、頭に痛みが走った。まぁ、これくらいなら大したこと無いだろう。ここ四年近く、何度も味わっている痛みなのだから。
 ……あの時、悠菜を失ってから。


 それは確か、中学に上がる前の春休み。いつものように悠菜の買い物に付き合わされて、その帰りのことだったと思う。
 物凄いサイレンの音に導かれて俺と悠菜が見たのは、それなりに高い建物と、それを包む黒い煙と炎だった。

 いや、それだけならまだ良かった。まだ、野次馬の中の二人、ってだけだった。
 なのに……

「……あいつ、正義感だけは無駄に強かったからな……」

 それと、小さい頃から天才と呼ばれていたという環境も、恐らく影響しているのだろう。

 誰が叫んだのか……中にまだ子供が数人取り残されている、と。
 それを聞いた途端、悠菜は炎の中に飛び込んでいった。俺の制止すらも聞かず、止めようとする周りの大人を振り切って。



 結果、中に取り残されていた子供の三分の二くらいが助かった。

 代わりに、悠菜は助からなかった。



 それはつまり悠菜が持ち前の天才さを発揮して何人かを救えたということなのだが……俺にとっては、それだけで済ませられる話じゃなかったのだ。
 シスコンとか呼ばれても仕方ないかもしれないが……むしろ、自分の分身。それくらい俺にとって悠菜は大事で、いなくなるなんて考えられなくて。
 気がつくと俺は倒れていて、
 目が覚めると失ったものが増えていた。



*紗綾サイド*

「それが起こったのが、さっきの空き地なわけですけど。……その頃から悠菜は割と有名でしたし、彼女の死は次の日にニュースでも取り上げられていました。僕は幸か不幸か現場を通りかかってしまったので、全部知っていたんですけどね……」

 海里君の説明を聞きながら考える。
 小学校高学年くらいになると、子供はニュースにも興味を持つようになる。その年代で新聞まで読む子は少ないかもしれないけど、テレビのニュース番組なら大半が見ている年頃なのだ。
 中学に入学する直前だった私達はまさにそういう年代で、

 だから私達は自らの目で、耳で、クラスメイトだった少女の死を知ることになった。

「そうすると今度は、悠菜と仲が良かった人間――特に僕達の小六のときのクラスは仲の良さが本当に異常だったので、そのメンバーですね。彼らは悠真と連絡を取りたがった。まぁ、当然なんでしょうけど……そのときの悠真は、連絡なんて取れる状態じゃなかったんです」

 私は……私も、真っ先に悠真君に連絡を取ろうとした。その直前に海里君から連絡が来て、辿り着いたのは病院だった。

 そして出会った悠真君は、私を見て首を傾げた。
 まるで、知らない人を見るような目で。


*悠真サイド*

 当時の担当医曰く、『近くで身内を失ったことによる強いショックが原因』。
 あのときの俺は精神が不安定で、そして記憶の一部を失っていた。具体的に言うなら、小学校で最後にクラスメイトだったメンバー、全員を忘れていた。
 海里や他のクラスメイトは、出会えばすぐに思い出せた。……海里以外は激しい頭痛と引き換えだったが。
 だけど、一人だけ――

 紗綾は病院で出会っても、高校で再び出会っても思い出せなかった。
 その上当時の記憶はかなり曖昧で、だから今までずっと紗綾が依頼を持ちかけてきたときが初対面だと思い込んでいて、それで紗綾と話していて……

「って、何か凄ぇ馬鹿みたいだな、俺」

 勝手にショック受けて記憶を失って、傍にいる両親や海里に迷惑かけて――
 それだけでもかなり居心地悪いのに、更に紗綾にまで迷惑かけて、その上多分傷つけた。あれだけ仲が良かったのに初対面からやり直しで……全部覚えている紗綾からしたら、辛いことこの上無かっただろう。

「……やべぇ、俺、本気で最低じゃん……」

「そうですか? そんなこと無いと思いますけど」

「いや、でも……って紗綾!?」

「はい?」

 俺の脇で首を傾げる紗綾。

「い、いつの間に入ってきたんだよ!?」

「いえ、たった今ですけど……事情の説明が終わったので、もう部長さんと海里君を呼んでも大丈夫か確認を取りに」

「ってことは海里と部長はまだ向こうなのか」

 紗綾が海里のことを昔の呼び方で呼んでいることに気付く。
 そういえば今まで……今日の朝までは苗字で呼んでいたな。ああ、こういうところでも無理させていたのか……

「あの、悠真君」

「ん、何だ?」

 紗綾の声に顔を上げる。

「悠真君が私のことを思い出せなかったのは、悠真君のせいじゃありません。それに私も……ちょっと昔の話が出来なくて寂しいなって思うことはありましたけど、そんなに苦でも無かったんですよ。この頃は段々昔の関係に近づいて来ていましたし、それに……」

 紗綾はそこまで一気に言って一旦言葉を切り、優しげな微笑を浮かべる。

「それに私は、悠真君と一緒にいられるだけで嬉しいんです。だから、悠真君が自分を責める必要はありません」

「……紗綾」

 そこで紗綾はハッと我に返り、顔を赤くする。

「っ……え、えっと、その、私、部長さんと海里君のこと呼んできますね!」

「あ、ああ」

 慌しく部屋から出て行く紗綾を見送り……その足音が遠くなってから、俺は息をつく。

 ……何ていうか、あれは反則だろう。
 小学校で六年間ずっと一緒で、高校に入ってからも……俺には小学校時代の記憶が無かったとは言え、半年以上一緒にいたのだ。そんな紗綾にあんなことを言われて、言い返せるわけが無いだろう。
 しかも紗綾はかなりの美少女で、実際当時は俺も少なからず彼女に好意というものを抱いていたのだ。

 と、そこで新たな問題が浮上したのだが、そこで扉をノックする音が聞こえたので思考を中断し、とりあえずベッドから抜け出て座る。

「あら、平気そうね」

「部長……すみません、心配かけて」

 入ってきた彼女に向かって頭を下げると、部長は驚いたように一瞬固まり、そして笑みを浮かべる。

「別に良いわよ。っていうか、よく考えたらそんなに心配とかしていなかったわ、私」

「いや、それはそれで酷いですが」

「でも確かに先輩は、ある意味僕達の中で一番落ち着いていたけどね」

「この状況に慣れているはずのお前よりもか」

「倒れたのはまだこれで二度目だろ? まったく、紗綾ちゃんがいなかったら悠真、今頃病院だよ? 主治医の先生にまた怒られるよ?」

「あー、それはマジで紗綾に感謝だ……」

 記憶のこともあって、悠菜の事件の後、俺は少しの間入院していた。そのせいか病院は苦手だったりする。
 いや、風邪とかで受診するだけならまだ良いさ。ただ入院、それもこの頭痛やら記憶やらに関連することだと、もう拒否反応。

「え、えっと……それで、もう外も真っ暗なんですけど」

 紗綾が何とか話を修正しようとしたのか、そんなことを言ってみる。

「……って、マジで? そんなに俺寝てた?」

「はい。今……大体七時半ですね」

 俺が倒れたのは確か四時過ぎくらいだった気がする。

「ああ、ちなみに私はここで夕食食べていくわ。紗綾が誘ってくれたから」

「悠真君達もどうですか?」

 紗綾の問いに、しかし俺は首を横に振る。

「今日は良いや。家帰ってゆっくり考えたいこともあるしさ」

「僕も遠慮しておくよ。……でもそういえば、紗綾ちゃんの両親にもしばらく会っていないね」

「ええ、会いたがっていましたよ?」

「どうせ悠真が思い出したんだから、また昔みたいにちょくちょく来るようになると思うけど」

「ああ、そうだな……痛っ」

 帰ろうと立ち上がった瞬間、頭に痛みが走る。
 まぁ、とりあえず記憶がどういうとか言うのはもう無いはずだから、単にさっきの痛みがまだ回復していないだけだろうと推測。すぐに痛みが無くなることの方が珍しい。
 あー、でも、これが原因で頭痛が持病になったりしたら嫌だな……

「悠真君?」

「ああ、何でも無い」

 心配そうな紗綾に返すと、部長が訝しげな表情を向けてくる。

「……って、明らかに痛そうな表情していたじゃない」

「これくらいなら良くありますし、平気ですよ」

「良くあるっていうのがそもそもおかしいんじゃないかしら」

「それを言ったら後輩を実験台とか言って振り回す方がよほどおかしいかと」

「うん、悠真、明日は絶対に部活休んじゃ駄目よ? ……死ぬより辛い思いをさせてあげるわ」

「止めてください。……と言いたいところですけど、よく考えたら数年前に経験済みです」

「じゃあ痛い思いかしら」

「頭痛で倒れたばかりなんですが、俺」

「貧弱だからよ!」

「どんな理屈ですか! それなりに運動出来ますけど、俺!」

「心が貧弱なのよ!」

「微妙に否定出来ないことを言わないでください!」

「……で、帰らないの? 悠真」

 海里に呆れた目で見られ、ベッド脇に置いてあった荷物を掴む。

「じゃ、また明日な紗綾。……部長も」

「あ、はい、また明日」

「あら、結局来るのね。物凄く嫌そうな顔で言ったからちょっと難易度上げるけど」

「上がる余地あったんですか、まだ!」
「うん、とりあえずさっさと行くよ悠真。それじゃ紗綾ちゃん、お邪魔しました」

 海里に引きずられ、部屋を出る。
 ……あれだけ色々とあった割に、最後だけは俺達らしかった。



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